それが愛ならかまわない

 すぐそばのドラッグストアから流れるアッパーな音楽のボリュームがやけに大きくて、何事か話し込んでいる二人の会話までは聞こえて来ない。けれどしばらくして溝口さんがスーツの袖を指先で軽く引くと、椎名が少し考える様な素振りの後で頷き一目散に突き進んでいたはずの駅から進路を変えた。
 そのまま溝口さんに先導されるように椎名は繁華街の方へ向かって行く。二人で食事にでも行くんだろうか。所属会社も部署も違うのだから、まさか飲み会に引きずり込んだ訳じゃないと思う。
 偶然を装って声をかける事も出来る距離だったけれど脚は動かなかった。そもそもこんなタイミングで近づいたら、いかにも慌てて割って入るみたいだし。


 エレベーターでの一件を眼にしても、それでも何となく椎名は一対一で彼女の誘いには乗らないんじゃないかという気がどこかでしていた。明らかに溝口さんは椎名に好意を持っている。けれど椎名は安田君の様に彼女がストライクなタイプという訳でもなさそうだったから、それをあしらうのを面倒臭く感じるんじゃないかなんて。
 私の予想は見事に外れた訳だ。本当に、椎名の考えている事はいつも読めない。


 二人で食事をして、どんな話をするんだろう。同職種だから仕事の話なのか、はたまた全く別の話なのか。
 溝口さんのあからさまな好意に椎名が気づいていないはずがない。なのに彼女の誘いに乗ったという事は、あの素直さをそれなりに気に入ってるんだろうか。


「……莉子ちゃん、何か顔色悪いけど大丈夫?」

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