それが愛ならかまわない
溝口さんが恋に落ちる瞬間を見た、なんて思っていたけれど、あの眼鏡と前髪に隠れた眼と長い睫毛が好きで、肌を合わせる事に抵抗がなくて、北見先輩の件で助けてもらって、何より素の自分を見せられる。
恋に落ちる理由としてはこちらも充分だった。
「あ、篠塚さん。お帰りなさい」
顔を合わせるなりそう言って溝口さんがにっこり笑う。
朝一で直行した取引先から帰って来たばかりのフロアの入り口。絶妙なタイミングで彼女がそこにいた。
最近出来る限り接点を避けるようにしていたのに、ドアを開けた瞬間まさかこんな正面から向き合ってしまうなんて思わなかった。
「お疲れ様です。今日外寒いですよね。コーヒー淹れる所なんですけど篠塚さんもどうですか?」
「……ありがとう、もらうね」
溝口さんが少し首を傾ける度にパステルカラーのニットの上で染めてない黒髪がサラサラと揺れる。最近の溝口さんは何だかキラキラしていて眩しい。
同時に強い風に晒されて朝巻いたカールがすっかり取れてしまった自分の髪が肩からこぼれるのが目に入り、咄嗟に手で後ろにはらって視界から消した。トレンチコートの襟に隠れるようにしていた首を伸ばし、丸めた背中を伸ばす。
彼女の言う通り今日は風がとても冷たくやたらと寒かったから、髪が乱れているだけじゃなくてきっと鼻の頭も赤くなっているんじゃないかと思う。先にトイレに直行して化粧を直してくるべきだったと少しだけ後悔した。