それが愛ならかまわない
恋をしていると自覚してしまうと、色々と卑屈になる。
椎名が溝口さんと繁華街へ消えて行った翌日は、朝彼女の服装を見て前日と違う服を着て出社している事に少し安心したりして。
プライドが邪魔をして気持ちを自覚する事にすら時間がかかったのに、嫉妬だけは人一倍だ。なのに通勤途中や社内で椎名を見かけると、どういう顔をすればいいのか分からなくて見つからない内に逃げてしまう。いい歳して何をやっているんだと自分でも思うけれど。
思えば社会人になってからの恋愛と言えば相手からアプローチをかけられて始まる事ばかりだった。北見先輩の事があってから特に、男性を見極めるには冷静でいようと心がけてきた。感情よりも打算が先行して、嫉妬心に振り回される様な事なんてなかった。
大人の付き合いと言えば聞こえはいいけれど、結局の所今みたいに相手の動向を気にする程の執着を持っていなかったからいつも短期で終わっていたのかもしれない。
浅利さんのあの行動も今なら少しだけ分かる。心から欲しいと望んでしまったら、どんなに理性で抑えようとしたって冷静じゃいられない。
同級生から来たメールの件は結局椎名には言えなかったし返信も黙殺している。不義理だと思われるかもしれないけれど、卒業後連絡を取り合っていた訳じゃないのだから今更だ。
ただその後、登録外の見知らぬ番号から数回着信があるのが気がかりだった。もし北見先輩からだったらと思うと怖くて折り返す事が出来ない。バイトをしていても、いつ店にやってくるかもしれないと考えると落ち着かない。自宅や会社がバレている訳ではないし副業を卒業出来れば気分的に楽になれるのに、それにはもうしばらくかかる上にその間ずっと怯えて過ごさなければならないというのが憂鬱な気分になる。