それが愛ならかまわない

「そうやって篠塚さんが愛想笑いばっかりしてるから梅田事業部長も図に乗るんだってば……」


「おいこら福島、マジでストップストップ」


 周りを気にして本格的に井出島部長が福島さんに黙れのジェスチャーをした。さすがにロビー付近で社内のセクハラどうこうなんて話題に出来ない。


「すみません、こういう性分なんです。……福島さん、やっぱり鍵は私が総務に返しておきます。申し訳ないですけど荷物取りに戻ったら今日はお先に失礼しますね」


 その場を一瞬でも早く立ち去る理由と彼らと一緒にフロアまで戻らなくて済む理由が欲しくて、私は笑顔のまま福島さんの手から医務室の鍵を奪い去る。
 それ以上三人の顔を見ないようにしながら、何か言われる前に扉の開いたエレベーターに飛び込んで即座に閉じるボタンを押した。


 仕事が上手く行かない時なんてしょっちゅうあるし、契約を取り損ねた事だって初めてじゃない。なのになんでこんなに気分が鬱々とするんだろう。
 疲れがたまっているせいなのか、恋愛が空回りしているせいなのか、自分でもよく分からなかった。
 幸い今日はお店の定休日なのでバイトはないし、特に予定もないのでゆっくり休める。早く帰って横になろうと思った。


 総務で貸出票を受け取ると、安田君の名前で記入されている箇所の返却の欄にサインを入れる。迷惑をかけてしまったし石渡君も含めて後日御礼と謝罪をしなくてはいけないなあとぼんやり考えながら、荷物を取りに行こうと再度エレベーターホールへ歩き出したその時だった。

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