それが愛ならかまわない

 非常階段は声が響く。そのせいですすり泣く事すら出来ずに唇を噛んで無言で流れるに任せた涙を、ハンカチでそっと押さえた。
 人前で泣かない、というのも結局の所私の安いプライドなのだ。


 その日の夜、のろのろとシャワーを浴びて部屋に戻ると、追い打ちをかけるように不在着信の通知があった。この間と同じ見知らぬ番号。
 かけ直す気は元よりなかったけれどそのたった一行の表示が余計に気分を沈める。バイト中に出会った時の北見先輩の声が耳の奥で響いて思わず目を閉じた。
 この間まで椎名に相談しようか、なんて思っていたのに。あんな風に言い争って突き放した後じゃもうそんな事は出来そうにない。


 ため息を吐きながらベッドに入る。
 昼間に会社で寝てしまったせいなのか、椎名との件のせいかはたまたこの着信のせいか。体力回復の為にも早く寝てしまいたいのに寝ようとすればする程眠気の尾は遠ざかり、代わりに嫌な気分ばかりが胸の中に渦巻いて、結局中々寝付けなかった。













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