それが愛ならかまわない

「篠塚さん、今日も顔色悪いですけど大丈夫ですか?」


「大丈夫、体調は問題ないから。……ごめんね、折角申し出てくれたのに。気持ちだけ受け取っておく。ありがとう」


「いえ、そんな。お役に立てずすみません」


 気を遣われているのが有り有りと分かる。溝口さんの優しさと実直さが今は心に痛かった。
 彼女ならきっと、可愛くないなんて言われない。
 私自身、上手く笑えている気がしない。いつもヘラヘラしていると福島さんに言われたけれど、結局余裕がないと愛想笑いなんて出来ないものなんだと今更ながらに知った。


 手を付けかけていた仕事を全部中断し、再優先で必要な書類を用意して立岡さんに引き渡した所でひとまず私に出来る事は殆どなくなってしまう。後回しにした他の仕事を片付けながら定時を回ってしばらくした所で、夕飯の差し入れでも買いに行こうかと考えながらトイレ休憩に席を立った。
 残っていても私に出来る事はそう多くはないけれど、後は任せますと言って私だけ帰宅する訳にもいかない。幸いバイトも入っていないし自分も朝までこのまま仕事をするつもりだった。
 女子トイレ内ですれ違った女性社員や派遣社員がちらちらと意味有りげな視線を投げてくる。私のミスは既にフロア中が知っているし、当然と言えば当然だった。けれど結局誰もその事に触れて来ず、当たり障りなく「お先に失礼します」とか「お疲れ様です」なんて挨拶だけでお茶を濁す。気遣う様な、腫れ物に触る様な微妙な雰囲気。
 ため息を吐きながら手を洗い、一度自席に戻ろうとトイレを出た所で喫煙ルームに誰かいるのが見えた。

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