それが愛ならかまわない

 もう愛想笑いをする気力もおきなくて、真顔のまま適当な言い訳をしつつ井出島部長に用があるという梅田部長には先に行ってもらった。笑えなくても不思議じゃない明確な理由があるのが今はありがたい。


 整髪料の香りを吸い込んだ肺の空気を入れ替える様にもう一度大きく息を吐き出しながら、壁にやたらと重く感じる身体を預ける。
 エレベーターホールの嵌め込みのガラス窓の向こうにオフィス街の夜景が広がっている。装飾性のない実用的な蛍光灯の光の群れでもこうして見るとそれなりに華やかで綺麗に見える。定時から間もないこの時間はどこのビルもまだ明るい窓の数が多いけれど、このまま深夜まで仕事をしていれば明かりの数は大分寂しくなるはずだ。
 就職活動で訪れた時、こんな会社で働けたらなあと夢を抱いた事を思い出す。自分の手で掴みとった光景だからこそこの場所にいられる事が誇りだった。なのにここでの自分の存在意義を守りたくてしてきた私の努力は一体何だったんだろう。そんな疑問がミスをした事実以上に心にのしかかって来て、私は無意識の内に三度目のため息をついた。













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