それが愛ならかまわない

「ちょっと聞きたいことがあるんですけど……」


「ん、何?」


 前にトイレでもこんな風に溝口さんに話しかけられた事があったな、と思い出す。あの時は確か椎名に付き合っている人がいるのかどうかを訊かれたんだっけ。
 その後きちんと確認した訳じゃないけれど、多分今はいないんだと思う。でなければ長嶺さんが「君達つきあってんの?」なんて言うはずがない。同じ部署にいながらにしてあの長嶺さんに恋人の存在を隠し通せるなら、そしてその上で素知らぬ顔して私とあんな事が出来るなら、椎名は相当の役者だ。もちろんその可能性がゼロではないけれど、そんなに器用な悪人なら多分この間の一件で寝かしつけるだけでは終わらなかった気がするというのは惚れた側の贔屓目だろうか。


 そう言えば溝口さんが椎名に声をかけて繁華街へ消えた時何があったのか知りたかったけれど、訊くのを忘れていた。セクハラから彼女だけを庇った理由も、北見先輩からの着信の件も、話したかったはずの事が結局何も話せていない。思いがけず優しくされて、おまけに不意打ちのキスまでされて、浮足立っていた自分に今更気がついた。


「篠塚さん、仕事嫌になったりしてないですよね」


「……え?」


 私より少し背の低い溝口さんが俯いていた顔を上げ、上目遣いで視線を合わせそう訊ねてくる。
 彼女の顔は、至って真剣で妙に切実だった。

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