それが愛ならかまわない
「違いますよー、友達と約束してるんです」
嘘も方便。友人なんて数える程しかいないのにこんな言い訳を毎回しているのは滑稽だけれど、先約があると言ってしまえばそれ以上強引に誘われはしないだろうし角を立てずに断る事が出来るはずだ。
「そうか、残念だなあ。なら次は事前に予定しておこうか。来週末は?」
しつこい。行きたくないから断ってるんだって、察して欲しい。というか何で伝わらないんだ。
頬が引きつりそうになるのを押さえながら必死に口角を上げる。
歳を取るとそういう部分が鈍くなるのか、それともやっぱりこれは梅田部長個人の性格か。
「いつもより美味いもん食べさせてやるぞ」
背中に手を回され、耳元で囁くように言われて背筋にぞくっと鳥肌が立った。殆ど人気のないエントランスホールでわざわざ内緒話風にする意味が全く分からない。
ダメだ、これくらい我慢して。
頭の中の冷静な部分はそう警告しているのに、苛立ちの許容量があっという間にいっぱいになっていくのが自分で分かった。最近の私は以前に比べて怒りの沸点が低い。先日言われた「はっきり拒否しないのが悪い」という言葉がグルグルと頭の中を回ってる。私がこうして毎回適当に笑って誤魔化すせいで、似たような事を何度も繰り返しているのであれば。
その時、意図的ではなかったかもしれないけれど部長の生暖かい吐息がふっと耳を掠めて、それがリミッターを振り切った。