それが愛ならかまわない

 椎名の言葉を頭の中で反芻し、内容を把握した時には彼はもうエレベーターホールに向かって足早に歩き出していた。
 褒められたのは分かる。ただ「いい」ってどういう意味。
 その言葉に含まれる好意のレベルを計りかねて、遠ざかる背中にそれ以上の声をかけそびれた。


 エレベーターに乗り込む椎名を眺めたまま立ち尽くしていると、次第に自分の口にした言葉が猛烈に恥ずかしくなってきた。
 甘えがない所をいいと思ってもらっていたのに、助けてくれなかったじゃないかと拗ねたなんて余りにも格好悪過ぎる。幻滅されていたらどうしよう。
 今更追いかけて弁解する事も出来ないので、そのまま自己嫌悪に苛まれながら会社を出た。長峰さんが助けてくれたのを無駄にする訳にはいかない。


「ああもう!」


 何度目かの反芻で思わず声を上げる。
 最近の私は自分でこうはなりたくないと思う行動ばかり取ってしまっていて、それに気付く度に穴があったら入りたくなる。初恋でもあるまいし、どうして私はこんなに感情に振り回されているんだろう。大人になって恋愛との距離感を上手く計れる様になったつもりだったけれど、そんな事はなかったという訳だ。


「莉子さん、どうかしました?」


 あかりちゃんが怪訝そうな顔で訊ねてきた。ショーケースを眺めていた常連客も驚いて顔を上げている。
 バイトの時間になって店で接客をしていても、ふとした瞬間にさっきの自分の言動が頭の中に蘇ってきて叫び出したくなり、その度に必死で違う事を考えていたはずなのにとうとう口をついて出てしまっていた。
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