それが愛ならかまわない
本音を言うと、聞こえなかったふりでこのまま振り向きたくはなかった。けれど名前を呼ばれてしまった以上ずっと背を向けている訳には行かないので、唇を噛んでゆっくりと声のした方に顔を向ける。
「え……あれ?本当に篠塚さん……?」
「……」
すぐ側の道路を流れるテールランプの光が照らす立岡さん。吉田さん。溝口さん。同じフロアで毎日見ている顔が何人もいる。
今日のエンジニアチームは吉田さんや溝口さんの会社での研修。福島さんがそう言っていたのを思い出す。彼らの所属会社がどこにあるのか、私は知らない。けれど揃ってここにいるという事は、多分この近辺なんだろう。そして今からは忘年会を兼ねた研修後の打上げかその二次会といった所だろうか。
行き交う人が多い中、集団で立ち止まっているのは流れの妨げになっていて、追い越して行く人達が微妙に迷惑そうな顔をしている。けれどそれに気づかないくらい、特に立岡さんは唖然とした顔をしてこちらを見ていた。
「どういう事ですか」
すっと前に進み出た溝口さんが真っ直ぐにこちらを睨みつけて言う。彼女の冷たい表情を初めて見た。