それが愛ならかまわない

 小野さんの話だけで、誰を指しているのかは察しがついた。登録外から何度もかかってきていた電話を思い出す。北見先輩だ。
 椎名が何をどう言ったのかは分からない。けれど彼は北見先輩の顔を知っているし、何の目的で北見先輩がここに来たのかは分かったはずだ。


「……あ、ごめん。この話莉子ちゃんにはするなって口止めされてたんだった」


 小野さんがぺろりと舌を出す。うっかり口が滑った風を装っているけれど、十中八九意図的にばらしたんじゃないかという気がする。


 正面入口の方から、ドアを開けるベルの音と「いらっしゃいませ!」という灯ちゃんの元気な声が聞こえた。私が外に出た時はたまたま店内に誰もいなかったけれど、時間が経って客が増えて来たらしい。灯ちゃん一人に任せてしまったのを気にする様に、小野さんがそちらにちらりと視線をやった。


「とりあえずクビにしたのにまだ働かせる訳にはいかないから。今日はもう上がっていいよ。他のスタッフには後で私から説明しておく。長い間、お疲れ様」


 小野さんの言葉が優しくて、こらえ切れずにとうとう涙が溢れた。
 金曜の夜なんて一番忙しい日なのに。灯ちゃんは頑張ってくれてるけど、さすがに何年もここで働いてる私と同じ様に仕事をこなすなんてまだ無理だ。それでもこう言ってくれる小野さんの気遣いが身に沁みる。
 まだローンの完済はしていないし予定より早いけれど、こうなった以上バイトは辞めないといけない。小野さんが、椎名が、灯ちゃんが守ってくれたものを手放すわけにはいかない。

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