それが愛ならかまわない
唇の端を上げた皮肉っぽい言い方。
何も知らなければ誤解してしまいそうな表情と言葉。普段の会社での地味で無口なサラリーマンに徹している完全な擬態と言い、本当に椎名はポーカーフェイスが上手い。本当は連絡してすぐ、息を切らせてここまで走って来た癖に。まあそれは私も同じだけど。
「……椎名って、私の事好きでしょう?」
あれだけ決意して素直になろうと心に決めたのに。
結局私の口から出るのはこんな科白だったりするんだ。
「は?」
乱れた前髪をかき上げながら嫌そうに顔を顰めて椎名が問い返す。
けれど私はもう知っている。彼が殊更に表情を歪める時は、感情を隠したい時なのだと。
「私も意地っ張りだって自覚はあるけど。椎名も相当素直じゃないよね……」
素直になると決めたのに口をついて出るのは憎まれ口ばっかりだ。
「好き」という一言を口にするのは本当に難しい。二十代も後半に差し掛かった今になって改めてそんな事を自覚するなんて思わなかった。
児玉さんをはじめどうにかその一言を言わせない様に避けまくった人達。浅利さんの様にぶつかってきてくれたのに同じくらいの本気を返せなかった人達。今更の様に思い出しては罪悪感を覚える。