それが愛ならかまわない

「篠塚、外出?」


 コートを着た姿で壁にかかったホワイトボードに書き込みをしていると、背後を通りがかった立岡さんが声をかけてきた。煙草の匂いが漂ってくるという事はどうやら喫煙ルームから戻って来た所らしい。


「はい、隅コーポレーションさん行ってきます。戻るの定時ギリギリになるかと思うんで何かあれば今聞きますよ」


「隅さんの件は納期早めろって話ならこれ以上は無理だからな」


「分かってますって。ただちょっと仕様が変わるかもしれないんで、その時はまたちゃんと先に相談します」


「変更入るなら余計に、間違っても短縮できる可能性を匂わすなよ……あとビューデザイニングの担当、溝口さんにやってもらおうと思うんだけど」


 そう言いながら立岡さんが私の顔と、自席で仕事をしている溝口さんをちらりと見比べる。多分この間の件を気にしているんだと思う。
 あれから何が変わったという事もなく、溝口さんも私も淡々と日々の業務をこなしている。仕事の件で会話をする事はあるけれど、特に当たりがきつかったりはしない。もちろん避けたり避けられたりもしていないし、相変わらず溝口さんの作業は丁寧で早い。やっぱり根本的に彼女は真面目で真っ直ぐなのだと思う。
 ただ給湯室やトイレで雑談をする事はなくなったし、昼食を共にする機会もなくなった。結果的に出し抜いた様になってしまって、弁解したいという気持ちもあるけれどどう話せば良いのか分からず、それに彼女が私と話をしようという気になってくれるかも判別出来ないので、結局そのままになっている。

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