それが愛ならかまわない

 おっしゃる通り、何もなかったですが。むしろ付き合ってた過去なんて遠い昔の事かのように、穏やかにさわやかに平和的に会話して別れたけど。
 軽く嫉妬してもらう事でそのポーカーフェイスを崩せないかとか思う私が間違っているんだろうか。


「……元彼より石渡より、俺は篠塚に一番近いのは長嶺さんだと思う」


「……は?」


 青天の霹靂。
 長嶺さん?一体椎名は何を言い出すんだろう。
 出て来た名前の意外さに目が点になる。けれど表情を見る限り椎名は大真面目だ。


「長嶺さん、色んな部署の人と飲みに行ってるけど女とサシで飲みに行くのは篠塚だけらしい。あの人あれで仕事凄い出来るし、この間もセクハラ部長の件うまく丸め込んでたし。あの時見惚れてただろ」


 こちらを見ないままに椎名が続ける。
 それは初耳だけど、当事者である私の耳には入って来ない類の噂話だからまあ仕方ない。
 梅田部長はあれ以来私と顔を合わせると引きつった笑いを浮かべて触れる事なく去って行く。長嶺さんが何か言ったんだろうというのは想像がつくけれど、訊ねても教えてくれないので真相は分からない。まあ確かにあの助け方はスマートでさすが長嶺さんだと思ったし、セクハラから助けられたお陰で椎名に惚れたという溝口さんの気持ちも分かるとは思ったけれど、見惚れてたりなんてしてただろうか。むしろ唖然として見送ってたような。
 以前この店で椎名とランチをしていた時に長嶺さんがやってきて、急に椎名が態度を硬化させて置いて帰られた事があったけれど、あれもまさか。
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