それが愛ならかまわない

 会社は意外と広い。
 自席でパソコンのモニターと向かい合いながらそんな事を考える。


 あの日以来一度も椎名の顔を見ていない。
 まあ同期とは言え今までだって飲み会でちらりと顔を見たという程度だったのだから、会社で会わなくても無理はない。エントランスや食堂は共通だけれど時間が違えば顔を合わせる事はないし、私自身は客先に出向く事や社外で開くセミナーに出席している事も多い。もう一週間経つけれど、部署もフロアも違えばこんなものなのかもしれない。
 そもそも私は未だに椎名の連絡先すら知らない。目の前に開いてある社内ネットで名前を検索してデスクのパソコンにメールを送る事は可能だけれど、さすがにそこまでする気は私にもないし。椎名が焦る所を見たいという新たな目標についても、とりあえず今は棚上げだ。
 彼と寝た事については当日の朝こそ焦ったりもしたけれど、今は自分でも驚く程後悔はなかった。自分が割り切ってこういう事を出来る女だったと言うのは新しい発見だ。


 幸いにして今日まで会社からバイトについて何か咎められた事はなかった。だから私も相変わらずケーキ屋での副業を続けている。とりあえず人に言うつもりはないという彼の言葉は信じてもいいんだろう。あの一晩が無駄じゃなかったならそれでいい。
 まああそこまでしておいて椎名の口から会社にバイトの事が伝わっていたら、何があっても奴を許さなかったけれど。


「篠塚ー、PT用サーバー六時まで使えないんだけど前田産業の仕様変更のやつどうする?」


 隣の島から座ったまま椅子をくるりとこちらへ向けて先輩の立岡さんが声をかけてくる。

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