それが愛ならかまわない
私と長嶺さんには並ばず、ずっと少し後ろを歩いていた椎名の顔をようやく直視する。
椎名も顔を上げたので、初めて目が合った。
「……」
椎名の眼はちゃんと眼鏡のレンズの向こうに収まっていて、あの日のように妙な色気で調子を狂わされる事はなかった。にも関わらず、その眼鏡を外してセットされた髪を崩してやりたいという衝動に駆られる。
おかしい。これじゃ私が椎名に欲情してるみたいじゃないか。
無理矢理意識をそこから引き剥がした瞬間、すっと椎名が無言のまま歩き出した。定期ケースを片手に改札の方へ向かっていく。
意表をつかれて動き出すのが一歩遅れる。慌てて私はその後を追った。
「目の前の同僚を完全無視とはちょっと失礼じゃない?」
ホームへと向かうエスカレーターの上で、しびれを切らして先に口を開いたのは私の方だった。
困った事に乗る路線も方向も同じ。出会った場所からして、椎名の自宅も同じ方面なのかもしれない。私はバイト先から徒歩で帰れる場所に住んでいるので、下手したらご近所だ。
「……話しかけられた方が都合悪いんじゃないか」