それが愛ならかまわない

 結構な倍率をくぐり抜けて入った会社だ。仕事にも会社にも大きな不満はないし、やり甲斐も感じている。だからこそ先輩社員や上司との付き合いだって大切にしている。
 今の椎名の科白と言い浅利さんの「仕事を辞めていいい」発言と言い、どうも私は周りからそうは見えないらしいけれど。


「どうせあと少しだけだし……」


「え?」


「ううん、何でもない」


 駅の出口は椎名とは逆方向だ。私が向かうのは住宅街方面へと向かう椎名とは反対側の繁華街。改札から吐出された人の波が左右に振り分けられて行く。


「じゃ」


 改札をくぐると椎名はあっさりと逆の出口へと去って行った。今日は弁当屋にも用事はないらしい。
 その淡白さ加減に眼鏡の向こうなんかを気にしていた自分が馬鹿らしくなった。一言でも挨拶らしきものをされただけマシだと思えばいいんだろうか。


 鞄の内ポケットから入れっぱなしにしていたスマホを取り出す。
 電車に乗っている時から何度かバイブの振動を感じていたけれど、私は出ようとはしなかった。相手も用件も分かっている。けれどその声を今聞く気分にはどうしてもなれない。

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