それが愛ならかまわない
やっぱり。
多分彼は私を逃そうとしてくれているんだ。
「……私、仕事戻らなきゃ」
誰に言うとでもなく呟いて、北見先輩の姿を見ないようにしたまま店の裏口へと走り出す。
すれ違い様、私にしか聞こえないレベルのボリュームで椎名が囁いた。
「間の悪い男で悪かったな」
聞き取れはしたけれど答える余裕が今はない。
ああ、今度御礼と弁解をしなくては。
石渡君の時には助けてくれなかったのに。こんな風に一番弱った時に優しくなんてしないでよ。
「おい莉子っ」
追いすがる北見先輩の声はそのまま無視して振り切った。さすがに店の中までは追って来ないだろう。
裏口の扉を閉めるまで背後の様子を振り返る勇気はなかった。扉を背にしたまま大きく深呼吸をすると、店内に漂うバニラの甘い香りが少しだけ強張った身体を解きほぐす。
残った椎名に北見先輩は何を言うだろう。椎名は北見先輩にどう答えるんだろうか。
気になって落ち着かないけれど、もう扉を開けて様子を伺う事は出来ない。