それが愛ならかまわない

 あの時北見先輩は椎名を私の恋人だと勘違いしていた。強引に私を立ち去らせた椎名に嫌味の一つでも言っているんじゃないかと気にしていたのだけれど、そんな事はなかったんだろうか。向こうは既にお酒も多少入っているようだったし、下手すれば殴りかかられたりしたんじゃないかって心配までしていたのに。
 ただ目の前で見る限り椎名がどこか怪我をしている様子はないし、乱闘になっているというのは流石に取り越し苦労だったらしい。


「話して不快になる人間とあえて会話しようとする程付き合い良くはないから」


 まあ確かにやりたくない事を断れないタイプには見えない。どちらかと言えばはっきりノーと言える方だと思う。
 ……という事は、椎名の中で石渡君の誘いはもちろん、私がこうして食事に誘うのも決して嫌がっているわけではないという事になるけれど。


「あー……ごめん、不快な思いさせて。お酒入ると気が大きくなって口が滑り易くなるタイプなんだよね、あの人」


「もう何の関係もない他人なら篠塚が謝る事じゃない」


「いや、それはそうなんだけど」


 私がいなかったら椎名も『不快な他人』と相対する事はなかったわけだし。助けてもらった事も含めて、色々と迷惑をかけているのは間違いないだろう。
 もちろんこの件に関しては我ながら必要以上に卑屈になっているのも感じているけれど。


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