風が、吹いた
「受験は、しないって言ってあるんだけどね。」
隣に居る私とは、目を合わさずに、真っ直ぐ前を見ながら、彼は続ける。
「そういうわけにも、いかないよね。」
自嘲気味に笑うその顔が痛々しい。
彼の家庭状況がどんなで、どんな想いでここに来て、何を考えているのか。
このことに触れることを訊いてしまうと、彼はいつもこんな表情をする。
だから、今まで訊かなかった。訊くつもりもなかった。
自分まで、息がしづらくなるような気になる。
手に持っているペットボトルのお茶が、大分ぬるくなってしまっていることにも気づかず、無意識に握り締めた。
「千晶は?受験、するの?」
話題が自分に振られたことに、ほっとするような、焦るような。
「そのー、私は就職するかと。」
学びたいことがあるけれど、きっとそれは叶わない。
「ほら、大学って、お金がかかるから。」
椎名先輩が私を見たけれど、今度は私が目を逸らす番だ。
「でも、本当は行きたいの?」
その問いかけに、小さく頷く。
「そっか。でも、色々方法はあるんじゃない?」
先輩が、優しく笑んだ。