風が、吹いた
蕎麦を打つ手を止めて、ストップストップと彼が言う。
私も一応包丁をまな板の上に置いた。
「教えてよ」
彼を壁の方へ向かって追い詰める
。
と、足元にある何かにつまづく。
次の瞬間、派手な音をたてて、ひっくりかえった。
「って…」
気がつくと、椎名先輩が顔をしかめて、床に仰向けになっていて、
私が先輩の両肩にそれぞれの手を着いて乗っかっていた。
みるみるうちに自分の顔が熱を持ったのがわかる。
「す、すみません」
あたふたしながら、とにかくどこうとする私を、彼が引き寄せる。
バランスを崩したところをぎゅっと抱き締められた。
「ふ、粉だらけ」
楽しそうに笑いながら、優しく髪を撫でる。
「先輩が、話してくれないから」
心臓がどくどくするのを、紛らわすように怒ってみせた。
恥ずかしくて離れたいけど、離れたくない。
「千晶がね、最初に笑ってくれた日を教えてあげようと思ったんだけど」
先輩の胸に押し付けられて、彼の表情はわからない。
「もったいなくなっちゃって、迷ったんだよね」
ぽつり、ぽつり、と独り言みたいに、話す。
「でも、さっきの千晶の大笑いなんて見たから、言いたくなっちゃって。」
一層優しく髪を撫でる。
「そんなの…」
私も何か言おうと口を開いたものの、その先に続く言葉は見つからない。