風が、吹いた

蕎麦を打つ手を止めて、ストップストップと彼が言う。



私も一応包丁をまな板の上に置いた。




「教えてよ」




彼を壁の方へ向かって追い詰める




と、足元にある何かにつまづく。



次の瞬間、派手な音をたてて、ひっくりかえった。




「って…」




気がつくと、椎名先輩が顔をしかめて、床に仰向けになっていて、



私が先輩の両肩にそれぞれの手を着いて乗っかっていた。





みるみるうちに自分の顔が熱を持ったのがわかる。




「す、すみません」




あたふたしながら、とにかくどこうとする私を、彼が引き寄せる。



バランスを崩したところをぎゅっと抱き締められた。



「ふ、粉だらけ」




楽しそうに笑いながら、優しく髪を撫でる。




「先輩が、話してくれないから」




心臓がどくどくするのを、紛らわすように怒ってみせた。





恥ずかしくて離れたいけど、離れたくない。




「千晶がね、最初に笑ってくれた日を教えてあげようと思ったんだけど」




先輩の胸に押し付けられて、彼の表情はわからない。



「もったいなくなっちゃって、迷ったんだよね」




ぽつり、ぽつり、と独り言みたいに、話す。




「でも、さっきの千晶の大笑いなんて見たから、言いたくなっちゃって。」




一層優しく髪を撫でる。




「そんなの…」




私も何か言おうと口を開いたものの、その先に続く言葉は見つからない。


< 247 / 599 >

この作品をシェア

pagetop