風が、吹いた
名残惜しかったが、屋上を後にして、下の階にある研究室へと向かう。
「田邊先生、何か、御用でしたか?」
訊けば、部屋の奥にある重々しい皮張りの椅子に、深く腰を下ろしていた中年男性が、手に持っていた書類の向こうから顔を覗かせた。
「え?」
不思議そうに首を小さく傾げて、視線を彼女の後ろに立つ青年に移す。
「なるほどね。」
何食わぬ顔をして部屋を出て行った彼に、くすりと笑うと、田邊は呟いた。
「確かに、僕は息子が来年大学受験だから、追い込みで倉本くんに家庭教師でも頼もうかなぁなんて、ぼやいたけど。」
「え?」
今行っている研究のことかと思ってきたのに、拍子抜けしてしまう。