風が、吹いた
ガチャ。
ドアノブが回された音が、静かな室内に響く。
「お待たせ…あれ、どうしたの?コーヒー淹れたよ」
唖然としている私を、佐伯さんが不思議そうに見つめつつ、中に入ってきた。
「孝一くん、意地悪したら、もうバイトにいれてあげないよ。」
トレイからコーヒーをテーブルに移動させながら、茶目っ気たっぷりに言う佐伯さん。
「やだなぁ。なにもしてないですって。ちょっと学校の話をしてただけですよ。」
そういうと、先輩は私から離れ、先ほど座っていた椅子に戻った。
正直、その後、その3人で何を食べてどんな話をしたか覚えていない。
ただ、帰り道、2人きりになっても会話らしい会話はしないまま、彼は寄る所があるからと、途中でさよならしてしまって、ひとりで自転車を漕いで帰ってきたのは、記憶にある。
―千晶のことは、前から知ってたよ。
家に入ってからも、先輩の言葉が、私の思考を占領し続けて、感情を大いに乱れさせた。