風が、吹いた

「…どうして、そういうこと、言うの…?」




声が、震えて、頼りなく零れる。




「…お前に今を見て欲しいから」




浅尾の声は、私とは正反対に、しっかりしていて、強く真っ直ぐだ。




「倉本は、ここに居る。俺も、ここに居る。でも、どちらも高校の時のままじゃない。」




私に言い聞かせるように、浅尾がゆっくりと言う。




「人は忘れるし、変わる。そうじゃないと、前に進めないからだ。倉本だって、意地を張ってるだけで、本当は忘れてることも多い筈だ。今会ったって、すれ違ったって、わからないかもしれない。そうだろ?」




そんなことない、と言いたい。でも、声が出ない。




「倉本の記憶はずっと8年前のまま、更新されない。でも時間は流れる。『いつか』なんてないんだ。あいつは迎えに来ない。」




次の瞬間、私は目の前に立つ浅尾の胸を叩く。



突き飛ばしたつもりだが、浅尾の大きな身体はびくりともしない。





「なんで!?」





大粒の涙が、散った。





どうして





どうして忘れなきゃ駄目なの




どうして




迎えに来てくれないの





どうして





記憶は薄れるの





私の反応をわかりきっていたかのように、そして、理解してくれるように、浅尾は私に叩かれるままになっていた。
< 345 / 599 >

この作品をシェア

pagetop