風が、吹いた
「…どうして、そういうこと、言うの…?」
声が、震えて、頼りなく零れる。
「…お前に今を見て欲しいから」
浅尾の声は、私とは正反対に、しっかりしていて、強く真っ直ぐだ。
「倉本は、ここに居る。俺も、ここに居る。でも、どちらも高校の時のままじゃない。」
私に言い聞かせるように、浅尾がゆっくりと言う。
「人は忘れるし、変わる。そうじゃないと、前に進めないからだ。倉本だって、意地を張ってるだけで、本当は忘れてることも多い筈だ。今会ったって、すれ違ったって、わからないかもしれない。そうだろ?」
そんなことない、と言いたい。でも、声が出ない。
「倉本の記憶はずっと8年前のまま、更新されない。でも時間は流れる。『いつか』なんてないんだ。あいつは迎えに来ない。」
次の瞬間、私は目の前に立つ浅尾の胸を叩く。
突き飛ばしたつもりだが、浅尾の大きな身体はびくりともしない。
「なんで!?」
大粒の涙が、散った。
どうして
どうして忘れなきゃ駄目なの
どうして
迎えに来てくれないの
どうして
記憶は薄れるの
私の反応をわかりきっていたかのように、そして、理解してくれるように、浅尾は私に叩かれるままになっていた。