風が、吹いた
ふたごころ
また、見誤った。
目の前に座る女性が、深い眠りに入ろうとするのをやるせない気持ちで見つめながら、心の中で、舌打ちした。
ラッシュを過ぎてはいるが、まだ混みあっている通勤電車の中、イヤホンを外した女性が次の駅で降りるかもしれないとにらんで、前に立ったものの、ただの電池切れだったらしく、失敗に終わった。
それどころか、2つ隣に座っていたスーツ姿の男性の方が降りて、高校生の少年がすぐに腰を落ち着けた。
若いんだから、立て少年。
逆恨みに近い感情を抱く。
電車に乗るようになってから6年経っても、自分は席争奪戦が苦手なままだ。
開発や研究に携わる仕事は、比較的時間を自由に使うことができるため、実験内容によって、出勤時間はバラバラだった。
但し、その分残業が多いのも、確かだ。
大学の共同研究の方は、ほとんど大学側に任せているものが多いので、現在は比較的楽な方だった。
毎日自転車に乗っていた頃が、懐かしい。
車窓から外の風景を眺めながら、あの頃よく自分の頬を撫でていった風の感覚を思い出していた。
もう、潮時なのかもしれない。
昨日、やっと、そう思えた。
『あの頃』、『あの雨の日』から、前に進んでいないのは、私だけだ。
周りの人は、随分前を歩いているのに。
自分がそれを認めてしまうと、『いつか』に籠めた願いが、叶わない気がして、逃げていた。
―『いつか』なんてないんだ。あいつは迎えに来ない。
昨夜から、頭の中でこの現実的な台詞が、何度も繰り返されている。