風が、吹いた
何年も会っていなかったのに、浅尾が、まだ私のことを想ってくれていた事実に驚いた。
浅尾のことは、嫌いじゃない。
不器用なところはあるが、優しい。
何より、私のことを、好きでいてくれた。あれから、変わらないでいてくれた。
あのまま、浅尾の腕の中に、自分を甘んじることができたなら、どんなにいいだろう。
そして、きっとそれが正解なんだろう。
でも―
「倉本、おはよう」
彷徨っていた思考を遮られて、はっとして振り返ると、東海林が居た。
「そんなとこで、突っ立ってると、邪魔だぞ」
いつの間にか、電車を降りて会社の前まで歩いてきていた私は、大通りに面するこの道で、あろうことか立ち止まっていたらしく、激しい人波の中、通行人の行く手を阻んでいた。
「わっ」
慌てて飛びのいて、小走りに会社の自動ドアに向かった。
その隣を当然のように、東海林が歩く。
「今日研究室行くか?」
その問いに私は首を振る。
「今日は研究所の方に行こうと思ってます。加賀美に任せてる別件があるので様子を見に。」
エレベーターを目指しつつ、答えた。