風が、吹いた

しまった。




「…お金、返すの忘れちゃった」




吉井と別れてから、はたと気づいた。



既に、別れてから数分が経過してしまったし、自分は歩いてこんな所まで来てしまった。




「いいか、また今度で」




諦めて、信号が青に変わるのを待った。



ふと、森の中の白い家に目をやる。



あれから何年も経つけれど、久しぶりに見た風景に、違う所は、何処にも見いだせなかった。



誰も渡らなかった進行方向ではない信号が、赤になり、反対に私の目の前のそれは青に変わった。



森の入り口に吸い寄せられるように歩み寄って、何年も踏み入れていないその土地に入った。



佐伯さんが、業者に委託して手入れをさせているために、森も家も、あの時と変わらないまま、静かに佇んでいる。



無論、家は真っ暗で、いつかのように、月明かりが射し込んで、周辺を照らしていた。



花壇には、私の知らない花が、咲いている。



懐かしいその場所に、しゃがみこんで、土をいじった。

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