風が、吹いた
電車から降りて、改札を抜けると。
「倉本」
通り過ぎようとした柱によっかかるようにして、浅尾が立っていた。
心の準備ができていなかったせいか、鼓動が早くなる。
「あ、浅尾。お店で待っててくれて良かったのに。」
いつもは掛けていない眼鏡と、パソコンの入った鞄を提げていることから、仕事帰りだということが伺えた。
「よく考えたら、倉本の所からは遠かったからな。自転車っていうイメージが払拭できてないみたいだ。ごめんな。」
「え、全然いいよ。自転車、壊れちゃってそのままだからなぁ。買えばいいんだけど…」
言いながら、どちらからともなく目的のお店に歩き出す。
「でも、もういいんだ」
マンホールをわざと踏みながら、私が呟くと、浅尾がこちらに顔を向けたのがわかった。
「年末に、引っ越すことにしたから」
そう言うと、完全に浅尾の足が止まった。
「…どこに?」
緊張を孕んだ声が、降ってくる。
「会社の近くに」
目だけ上にして、浅尾を見ると、彼が信じられないという顔をした。
「それって…」
ぱちくりと目を瞬かせる。