風が、吹いた
陽が沈んで、大分暗くなった道端。
駅から少し離れた路地に入った所にあるフリュイは、赤い屋根のオレンジっぽい建物で、窓から暖かい白熱灯の光を溢していた。
「忘れる」
ちゃんと、笑えただろうか。
言った途端に強く抱き締められて、確認することもできなかった。
応えようとゆっくりと回した腕に伝わる震えが、浅尾のものだとわかると、彼が今まで長い間、自分を押し殺して、私と同じ想いをしてきたということが、手に取るように理解できてしまった。
「浅尾のこと、好きになる」
暫くの沈黙。
「本当に?」
やがて、ぎゅっと抱き締める力はそのままに、掠れた声で彼が私に問いかける。
「…うん」
強く引き寄せられているために、頷くことができずに、声だけで答えた。
「…やばい。すげー嬉しい。どうにかなりそう」
これ以上はないと思っていたのに、さらに力が籠もる。
「ちょ、浅尾、く、苦し…」
回した腕で、ぽんぽんと背中を叩けば。
「悪い」
慌てて、解放された。