風が、吹いた

「バイトと勉強で忙しくて行けないって、断ってた」



そう言うと、浅尾はカップをソーサーに戻した。




「あれってここのことだったんだ…え、じゃあ、今回ここにって言ったのは…」



私も、フォークをタルトに突き刺したまま、言いかける。




「あれから、行ったかもしれないし、今更かなとは思ったんだけど。もしかしたら、喜ぶかなって思って」



私の声にかぶせるように言うと、照れたように、目を逸らした。




「そんなに喜ぶとは思わなかったから、笑っちゃったけどね」




彼はもう一度私を見て、ふっと優しく笑った。




「あ、ありがとう…場所は知ってて気になってはいたけど、入ったのは初めて。」




急に恥ずかしくなって、小さく呟く。




「ま、急に呼び出したのは、早く返事が訊きたくなったから、だけど」




ふっと、浅尾が息を吐いた。



お互い働いているせいか、連絡先は交換し合っているものの、中々会うことができずにいた。



もちろん、気持ちの整理をつけたくて、私が先延ばしにしていたのが原因のひとつでもある。




「ごめんね。待たせて」




タルトをそのままに、俯いて謝る私に。



「もう、いいから。好きなんでしょ?食べなよ」




もう一度、彼は優しく笑った。
< 385 / 599 >

この作品をシェア

pagetop