風が、吹いた
打たれた布石
研究所に入ると、インスタントコーヒーの香りがした。
それは、もちろん休憩スペースの方から漂ってきている。
―朝から、珍しいな。
加賀美は没頭すると、飲食物を摂取することすら忘れてしまう困った癖がある。
むしろ、しなくていいなら、自分の体からその機能を取り外して欲しい位だと言っていた。
そんな彼女が、命よりも大事な実験を後にして、ブレークタイムを取ることなど、今までなかった。
ひとつ、例外を除いて。
つまりはー
恐らく来客中だということだ。
時刻は9時20分。
こんな早くからの来客も、珍しいが、まぁ、何かあったんだろう。
とりあえず、会社関係の人間だったら、挨拶しておいた方がいいかもしれない、と思い、休憩スペースを覗く。
「あ、おはようございます」
加賀美の声と、ふわりと漂う百合の香り。
「おはようございます。朝早くから申し訳ありませんが、他の時間に都合がつかず、お邪魔しています。」
加賀美の隣で、深々と頭を下げたのは、私の知らない女性だった。