風が、吹いた
「あ、はい。」
絶対に自分が全部話したかったに違いない加賀美は、しゅんとしながらも頷いた。
さすがに私も背を向けているわけにはいかず、止まっていた手を慌てて動かして、カップにお湯を注ぐと2人の座るテーブルに着いた。
森は相変わらず微笑んだままで、私をじっと見つめる。
「倉本…さん。下の名前は、何というのかしら?」
突然のことに、頭がついていかなかった。
「え?」
思わず訊き返していた。
「千晶、よね?」
自分が答える前に、目の前の彼女が答えた。
「…どうして…」
言葉を失う。
「確か、前は、小池 千晶、だったわよね。」
長い髪の毛を耳に掛け、くすりと、笑いを溢した。
「もう、覚えてないかしら。昔、白城幼稚園に通っていなかった?」
有名な私立の幼稚園だ。
1年しか通わなかったけれど、確かに私は在籍していた。
必死に記憶を手繰り寄せる。
「まさか、あす、ちゃん…?」
そう言うと、森は嬉しそうに顔を綻ばせて頷いた。