風が、吹いた
「…そうそう、それでね、最近、私婚約したのよ。」
過去から現在に切り替わった話題に、緩んでいた緊張が戻った。
「良かったですね。おめでとうございます。」
笑顔を作って、お祝いの言葉を述べると、照れたように森が口元を手で隠す。
「もう、敬語はやめてちょうだい。私たち、少しの間だけだったけど、友達でしょ」
ふふふと、上品に笑う彼女は、やっぱりどこまでも綺麗だ。
「千晶は?そういう人、居ないの?お付き合いしている人とか」
気遣うように訊いてはいるが、どこか、探るような空気を感じる。
「今のところは、研究が恋人です。」
曖昧に答えた。
「…そう。あら…もうこんな時間だわ。」
時計を見て、森が立ち上がる。
「もう行くわね。尚子ちゃん、お仕事頑張ってね。会えて嬉しかったわ。」
加賀美に声をかけ、再び私の方に向いた。
「千晶、また会いたいわ。ぜひ、私の父の主催するパーティーに足を運んでくださらないかしら。良かったら尚子ちゃんも一緒に。」
「…そうですね。時間が合えば…」
「じゃ、すぐに招待状を送るわ」
鞄から取り出した手帳に連絡先をさらさらと書くと、破って私に渡す。
「何かあれば、ここにいつでも連絡してちょうだい。とりあえず招待状は呉間に送っておくわね」
そう言って、上手にウィンクしてみせた。