風が、吹いた


「そうでした。忘れるところでしたけど。」




間に割って入るように、加賀美が呟く。




「結局、私は高校を代えた人の名前が、倉本さんの言ってる人と、同じ人なのかどうかを確かめたかったんですよ。」




「嘉納よ」




加賀美の言葉にかぶせて、森が言った。




「私の将来の姓は嘉納、になるの。千晶、ご存知?同じ人かしら。」




小さく首を傾げる様子もまた、隙のない洗練された動作に見える。




「いえ。知らないです」




内心、ほっと胸を撫で下ろしていた。




ここで、彼の名前が出てきたら、どうしたって平常心ではいられそうにないから。




「ここまででいいわ。外に車を待たせてあるの。じゃあね、尚子ちゃん、千晶。」




森の言葉に深々と頭を下げる加賀美の後ろで、私も小さく会釈した。


自動ドアを通って、優雅に去っていった彼女の後ろ姿に、ふっと一息吐く。



辺りに漂う残り香が、何かとんでもないものを、見過ごしたように、自分を焦らせるが、その正体はわからなかった。



ただでさえ、昔の幼馴染に会ったことで、気持ちは混乱している。




「森さん、すっごいお嬢様ですよねー」




色んな意味を含ませているように聞こえて、加賀美の言葉につい笑ってしまった。




「加賀美こそ、すっごいお嬢様だよ」




教えてあげると、加賀美はいつものように、口を尖らして抗議した。



妙な胸騒ぎは、きっと気のせいだと、自分の頭から振り払った。
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