風が、吹いた
どれくらい走ったのだろう。
研究所を出てから、大分経ったかもしれないし、あるいは全然経っていないかもしれない。
急に意識がはっきりして、外に目を凝らすと、懐かしい風景が広がっていた。
―この場所は。
一度しか行ったことはない。
でも、
確かに、
確かに、ここだった。
大粒の雨で、はっきりとは見えないけれど。
台風で荒れた波が、生きているかの様に砂浜に向かって打ち寄せていた。
以前見た時の美しさはなく、今はただ、黒々としていた。
それでも、あの時見た、海に間違いなかった。
ふとそこに、人影が見えた気がした。
「っ、停めてください!」
確認する前に、叫んでいた。
運転手が驚いてブレーキを踏む。
「どこに行こうっていうんですか?こんな中、出て行ったらずぶ濡れになっちまうし、あんな海に近づくのは危ないですよ。」
彼は当然の助言を口にした。
それには答えずに、私はタクシーを降りた。
いつかの時よりも、雨が激しく身を打ち叩く。
あっという間に衣服からは水が滴ったが、そんなのおかまいなしに砂浜へ向かった。