風が、吹いた
「お粥も、作っておいたから、お腹空いたら食べてね」
そう言って私に、湯呑みを手渡した。
「なんか…色々ありがとう…で、今、何時…?」
受け取りながら訊ねる。
「…あんた、自分の部屋の時計くらい見なさい」
吉井は呆れ顔で、びしっと掛け時計を指差した。
ぼやーっとしながら、差された先に目をやる。
8時、だ。たぶん夜の。
「浅尾がきたら、私仕事に戻るから。台風も過ぎたことだし。」
そう言うと、吉井も湯呑みに口を着けた。
「今日さ…幼馴染に会ったんだ」
テーブルに湯呑みを置いて、布団に横になりながら、ぽつりと漏らす。
「幼馴染みなんて、居たの?」
吉井が意外そうに訊くので、目を瞑りながら、くすっと笑った。
「私も…言われるまで…忘れてたんだけど…あすちゃんって言うんだけど…すごいお嬢様だったみたいで…」
吉井の動きが止まったことに私は気づかない。
「…そう。名字は?」
私の耳に、吉井の声はいつもと変わらずに届く。
「百合の香り…で…も…り…」
そこまで言うと、私はすやすやと眠ってしまって、吉井が大きな溜息を吐いたことなど、知る筈もなかった。