風が、吹いた


「椎名…先輩…」




思わず口から零れた名前。



「え?」




驚いたように加賀美がこちらを見た。




「どうして…」




狼狽して、両手で口を覆った。



「どうして…ここに…」




嬉しいのか、哀しいのか、わからない感情が、私の足を動かなくさせる。




私のずっと逢いたかった人。




それが、今、同じ空間に、居る。





「じゃあ、ご結婚されるという記事は本当なのですか!?」




突然、大きな声が響いた。



会場に、マスコミが紛れ込んでいたらしい。



慌てて、SPがその人を連れ出しにかかる。




―結婚…??




そのワードが、私の中にガツンと響いた。




『…ふふ、そうねぇ。ご想像にお任せしようかしら?肯定はしないけど否定もしませんわ。近いうちにはっきりとお知らせすることができると思います。』




森明日香が、父から奪ったマイクを通して、勝ち誇ったように宣言すると、場内は上品な歓声に包まれた。



頭が、くらくら、する。



私は一人、頭を抱えた。




結婚…




誰と、誰が…



確か…



森は、この間…




―私の将来の姓は嘉納、になるの。




頭が真っ白になった瞬間、見つめていた彼と、視線が重なった。
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