風が、吹いた
失くし物
「これはこれは、加賀美家のお嬢様ではないですか。暫く見ない間にお美しくなられましたなぁ。私こういう者でして…」
「そういうの、やめてくれます?私に言ったって無駄なので」
さっきから、胡麻を擂りながら名刺を差し出してくる連中が後を絶たない。
加賀美は苛々しながら、ずっと同じ場所に視線を向けたまま、その場を動かなかった。
群がる人々の中心に、悪趣味な衣装を着た気に食わない女が居る。
その人物が、やっとこちらに顔を向けた。
まるで今気づいたとでもいうように。
本当は、マイクで喋っている時から、ずっと見ていた筈なのに、だ。
「あら、尚子ちゃん。来てくれていたのね。」
猫撫で声で、嘘くさい笑みを撒き散らしながら、わざとらしく森明日香は、辺りを見回す。
「あら?千晶は?来れなかったのかしら?」
彼女の香水の匂いが、やけに鼻につく。
「何をとぼけていらっしゃるんですか」
加賀美が低い声で、訊ねると、森の動きが一瞬止まるが。
「何のことかしら?尚子ちゃん、どうしてそんな怖い顔してるの?」
ふわりと笑った。
「…今、嘉納さんはどちらに?」
「さぁ?あちこちにご挨拶に回ってるんじゃなくて?」
「いや、嘉納さんじゃなくて、シイナさん、でしたっけ」
ふふふと、森は楽しそうに笑う。
「あら、確か前はそんな名前だったかしらね?忘れちゃったわ」