風が、吹いた
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大学の敷地内も、大分秋に色づいてきた。
落ちた枯れ葉が、吹く風によって舞っている。
「じゃ、研究所に行って私も久々に実験手伝ってきますね。」
白衣を脱いで、会釈すると研究室を出て行く。
「…おかしいな」
その後ろ姿を見ながら、東海林が首を捻る。
「何がですか?」
実験室に閉じこもりぎみな川村が、珍しく研究室のデスクでクロスワードを解きながら尋ねた。
多分、結果が出るのに時間のかかる分野の実験なんだろう。
「倉本、今日屋上に一度も行ってない。」
腕組みしながら、うーん、と唸る。
「…言われてみれば、そうだねぇ」
奥に座る田邊も頷いた。
「それってそんなに珍しいことなんですか?」
川村が言うと。
「珍しいなんてもんじゃない」
東海林が難しい顔で答えた。
「あいつは屋上に棲む妖怪といってもいい位、あそこが好きだ。大学に来ると、毎回必ず一度は行っている。」
「ふーん。さすが。よく見てますねぇ」
川村がにやにやと笑う。
「茶化すな」
「僕も」
東海林と一緒に、田邊が声を出す。
ん?と2人が振り返ると、田邊がにこりとして。
「大学の時から、倉本くんのこと知ってるけど。雨の日以外の屋上は彼女の指定席だったよ」
と言った。
それに対して、東海林は頭を抱え、誰にも聞こえないような微かな声で呟く。
「俺、余計なこと言っちゃったかなぁ。」
吐いた溜息が、窓から見えるどんよりとした雲に加わった気がした。