風が、吹いた
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びゅう、と吹く、少し冷たくなった秋の風。
月は、雲に隠れたり、顔を出したりを繰り返していた。
大通りに続く道は、少ない街灯で、おぼろげに照らされている。
「珍しく、くらもっちゃん、飲んだね」
「…そーだな」
背負った彼女を肩越しに一瞬見て、浅尾が頷いた。
「あれ、どう思う?」
吉井が、道端に落ちる石ころを蹴飛ばしつつ、尋ねる。
「あれって?」
「決まってるじゃない。椎名先輩のこと、知らないって。」
吉井の蹴った石が、電信柱に当たって跳ね返った。
「わかんねーけど。嘘吐いたり、無理している風には見えなかった。」
静かな声で、浅尾が呟いた。
「…私も、そう思う。」
吉井が頷く。
「何か、あったのかな。」
「それも、わかんねぇ」
広い道路に出ると、タクシーが客待ちしていた。
「私、さ。くらもっちゃんがずぶ濡れになった日、幼馴染みのこと、少しだけど聞いてたんだよね。あの時はくらもっちゃんが寝ちゃったから、はっきり名前が分からなかったけど。」
両手が塞がっている浅尾に代わって、吉井が手を上げる。
「森、明日香か。」
開いたタクシーのドアから、浅尾が彼女をそっと座席に降ろした。
「何か、されたのかな。」
眠る彼女を見つめる吉井の目が不安げに揺れた。