風が、吹いた

「さぁな。」




タクシーに乗り込みながら、浅尾が無表情で、呟いた。




「吉井は、一旦会社に戻んのか?」




ドアの外に立っている吉井を見上げる。




「うん。だから、くらもっちゃんのこと、よろしくね。鍵そこに入ってるし。」



倉本の鞄を指して、心配そうな顔をしたまま、吉井が手を合わせた。




「わかった。」




ドアが閉まったのを見て、タクシーを見つめつつ、数歩離れると、ふいにウィンドウが下りて浅尾が顔を出す。



何か忘れ物でもしたのかと首を傾げると、彼が口を開いた。




「ひとつだけ言えるのは…何かのきっかけで、倉本の中から、あいつが消えたってことだ。多分な。」




浅尾にとっては喜ばしいことなのかもしれないのに、彼の顔はちっとも、嬉しそうじゃなく。




むしろ、暗く沈んでいるように見えた。
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