風が、吹いた
「本当は、嘉納にワシが来るのはご法度なんじゃが…ちょっと良くない噂を耳にしての。孝一、お前、森グループと手を組むそうじゃな。こちらにはギリギリまで話が漏れてこなかった…一体何を考えておる?」




肉体は確実に衰えているものの、眼光は昔のまま、鋭い。




「いえ、何も。僕は父の指示通りに動いているまで」



その目から、逸らすことなく、俺は淡々と答える。



「ふん。あの馬鹿か。いいか、今、ワシはお前をあやつに貸してやっているだけ。いずれ、お前は志井名を継ぐ者になるのだ。思い違いをするなよ。決して嘉納の肩を持とうなどと考えるな。あと数年して、お前がウチを継いだ暁には、ぶっ潰してやるわい。」




そう言い捨てると、杖を持つ手にぐっと力を籠め、志井名は立ち上がった。




「…もう、いかれるのですか?折角ですから、お茶でも飲んでいかれては…」




「あの馬鹿の会社の出す茶など、ワシの喉を痛めるだけ。毒が入っているかも知らん。用件はそれだけだ。くれぐれもワシを出し抜こうなんて思うなよ。」




「では、下まで送りましょう」




「要らぬ。付き人がその戸の向こうで待っておるわい。お前が嘉納である内は、お前の厚意は受けん」




苦々しくそう言うと、一度も振り返ることなく、志井名は去っていった。
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