風が、吹いた
―俺が生まれる前。
志井名に吸収される形で、父と母は結婚した。
男の子に恵まれなかった志井名は婿養子を取ったのだ。
更に跡継ぎを切望した志井名は、俺の誕生にそれはそれは喜んだらしい。
しかし、元々愛のある結婚ではない。
喧嘩は絶えず、折り合いも悪く、内部の人間同士も揉めに揉めた。
特に祖父と父の関係は最悪だった。
そして、俺が中等部に入ったばかりの頃。
離婚が成立し、あろうことが内部分裂を引き起こした父は、嘉納財閥を再構築し、志井名と対立させる形を取った。
問題は、俺。
いや、跡継ぎだ。
父は再婚したが、子宝に恵まれず、
母は再婚しなかった。
親戚共は、醜い争奪戦を繰り広げたが、トップ同士がそれを認めない。
義父と息子の激しい親権争いに、俺は必然的に巻き込まれる。
『そうですか。お義父さんが退かないのであれば、僕がそうしましょう。しかし、条件があります。』
父の出した条件はこうだった。
『大学卒業後、10年は嘉納に孝一をください。それ以降はお返ししますから』
祖父は当初、父が何を企んでいるのかと訝しがっていたが、数週間後に首を縦に振った。