風が、吹いた
記憶はいい加減だから、温かい。
熱を持っている。
けれど、昔が良かったとは思えない。
辛いことも沢山あったろう。
都合が悪いから忘れただけだ。
その場に立ち尽くしたまま、真っ白な壁紙をぼんやりと見つめる。
この家には、写真がない。
1つも。
何故なら、残るから。
ありのまま。
だから、写真は嫌いだった。
だから、全部捨ててきた。
ふと時計が目に入る。
17時。
「あ、やっば」
バイトの時間が迫っていることに気づいて、暗い気持ちに引き込まれそうになっていた自分に別れを告げた。
慌てて、制服を脱ぎ、ジーンズとシャツ、パーカーに着替える。
歯磨きだけして、店に向かった。
ペダルを漕ぐ時に吹き抜ける風が好きだった。
ー心地良い。
このままどこかへ行けたらいいのにと、あてのない空間へ、思いを馳せた。