風が、吹いた
葉巻を回転させながら、着火したことを確認すると、老人は満足そうに口にくわえた。
「お、降り始めたか」
ちらちらと降り出した粉雪をにこりと笑いながら迎えて、煙を吐き出した。
「大事なものは、弱点になる。そしてこの世界に弱点は命取りだ。それを今から失っておくのも社会勉強のひとつだろう。」
老人の引き笑いが響く。
「では、神林に伝えましょう。」
眉をぴくりとも動かさずに、男が言う。
「いや、いい。愛する男に利用され、怒り狂い、自暴自棄になった女が、復讐の為に逆恨み紛いのことをしたところで、誰も不思議には思わんだろう。」
ひっひっと嗄れた笑いを漏らす。
「わざわざこちらが手を汚す必要はないのだから、見届ければそれでよし。…但し孝一の名前は隠してやれ。相手の女が森だとわかると世間が五月蝿いからな。言わずともわかっておるだろうが、孝一の身の安全は絶対だ。」
「承知致しました。」
例のごとく、機械的に頭を下げると、男は部屋を出て行った。
部屋で一人、老人はゆっくりと紫煙を吐き出す。
「ゲームは好きだったろう?」
誰にともなく、尋ねる。
「大事なお姫様が傷付くか、助け出せるか2つに、1つ。間に合うかの?」
宙に浮かんだ煙が、暫く彷徨い、消えた。
「だが…どちらに転んでも、失うのは確実だ。現実はゲーム程甘くはないぞ。」