風が、吹いた
「…あの」
「俺さー…」
私が口を開きかけた途端、浅尾が被せるように言葉を発する。
思わず口を噤んで、次を待つ。
私は真っ直ぐに浅尾を見ているのだが、当の本人は、私の後ろにあるフェンスの向こうの景色を見ているようだ。
「俺、いくらでも、待つから。」
合わない視線が、彼が本気でそう言っているのだと思わせた。
居たたまれなくなって、私は俯く。
虚勢を張れなかった自分を叱りながら。
「…私は、やっぱり、誰も好きになれないよ」
ぽつり、と漏らした言葉。
「もう、両手は塞がってるの」
なんだか、泣きそうな声だな、と自分で思った。
懐かしいこの場所は、今、冷たい風が吹いていて、空はいつかのように、突き抜けるほど、青い。
「…どういうこと?」
眉間に皺を寄せて言う彼は、困っているのだろうが、怒っているようにしか見えない。
「…私の手は、ふたつしかないから。。それ以上は背負うか、捨てるかしないといけない…」
自分の頼りない小さな両手を開いて、おずおずと浅尾に見せた。
「私の右手は、強くなきゃいけないの。負けないように、戦えるように。昔みたいにめそめそ泣かないように。」
なんとかわかってもらえたらと言葉を選びながら、続ける。
「左手は、、ずっと空っぽだったんだけど…自分が一番守りたいものを持ちたい…私にとってそれが…」
開いた左の掌をぎゅっと握った。
「椎名先輩と、一緒に居た、時間なの。」