風が、吹いた




背後からの息が、白く色づいて、彼が、笑ったのだと知る。




「…千晶、ごめんね。さよならも、言わずに…傷つけた…」




発する言葉と一緒になって、ぽた、ぽた、と雪を染めていく紅が、彼の血なのだと理解した私は狼狽えて必死に振り返ろうとする。




「血…椎名先輩、、、血が…」




それを許してくれない彼は、少しだけ、抱き締める手に力を籠めた。




「その…、名前は…好きじゃ…ない、な…」




言った瞬間に、ずるっと音がして、彼がその場に崩れ落ちた。






放された事で、いつの間にか自分の身体がすっかり冷え切っていたことに気づく。




慌てて振り返った瞬間、目に見えるものの動きがスローモーションのように、ゆっくりと映った。




遠くから、スーツを着た人達が、慌てたようにこちらに駆けつけてくるのが見える。




目の前に刃物を持って、返り血を浴びた知らない中年男性が、一人、呆然と焦点が定まらない様子で、立ち尽くしている。






そして、倒れた彼は―






「…やだ…」





私はへなへな座り込み、彼の肩に触れて、揺する。




黒いコートは、どくどくと流れる血をたっぷりと吸い込んでいて、私の手の平は真っ赤に染まった。




「や…いやだ…やだぁ…」



私は、貴方を守りたい。




私が貴方を守りたい。




なのにどうして。




いつも突然、貴方は私の前に現れて、




そして、突然居なくなってしまうの。
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