風が、吹いた
「どけっ!」
大きなスーツ姿の男達が刃物を持つ男を取り押さえ、
彼にしがみつく私を、無理矢理引き離す。
直ぐに警察が駆けつけて、救急車やパトカーのサイレンの音が響き、一時、河川敷は騒然とした。
「大丈夫ですか?」
彼が救急車に乗せられて運ばれていくのを、虚ろな目で見つめる私に、若い警察官が心配そうに尋ねた。
「お話、とか、これから聴くことになると思うのですが…」
「その必要はぁ、ありません」
私の代わりに、ひょろっとした姿の、これまたスーツを着ている男が、応えた。
「なんだ、お前…」
若い警察官が怪訝な顔をして何か言いかけるが、その肩に年配の警察官の手がやんわりと置かれる。
「これはこれは、神林様でしたか。」
年配の警察官の対応に満足げな男は、頷く。
「今回のことはぁ、こちらのこと、と言えばぁ、分かっていただけるとぉ、思います。私がぁ、直々に伺いますのでぇ。この女性はぁ、無関係としていただきたい。」
狡そうな瞳が、光った。
「…まぁ、そういうことでしたら…なんとか尽力致します。ただ…その方が、そのまま動かれると、目立つかと…我々が自宅までお送り致します。」
ちらっと私の赤く染まった服に目をやる。
「おぉ、そうですねぇ。気がつきませんでしたねぇ…。それでは、お願いしますねぇ。私、少々忙しいもので…」
そう言うと、男は私の方を振り返り、醜く歪ませた表情をして、
「おまえがぁ、どぉして刺されなかったんだよぉ」
私にしか聴こえないほど低く、小さい声で、言い捨てた。
そして、くるりと向きを変えて、黒光りする車が待つ方へと、歩いていった。
それを、生気の抜けた目で、黙って見つめる。
何も言い返すことはない。
私自身が、一番そう思っているから。