風が、吹いた
どうせ、この場をなんとか逃げて、生きていたっていいことはない。
一度、志井名に睨まれた人間は、二度と浮き上がれない。
そんなことはわかっていた。
死にたくない。でも、生きるのは、死ぬより辛いだろう。
孝一坊ちゃんの身だけが、心配だ。
もしものことがあったら…
虚ろな目で、神林は、振り上げられた相手の武器を見つめた。
俺はやっぱり今ここで死んでいた方がいい。
その方がきっと、楽に逝けるだろう。
身体の痛みが、寒さのせいで麻痺し始め、自分の思考回路も、途絶え、諦めた。
その時。
サク、
雪を踏みしめる音と共に、凛とした声が夜中の空気に響いた。
「ちょっとストップしていただけませんか?」
虫の息になった神林に、最後の一撃を加えようと振り上げた手をそのままに、一斉に男たちが振り返る。
「!?誰だお前ぇ!」
この屋敷のこの一角は、闇を闇に葬る場所。
部外者の立ち入りは愚か、内部の人間でさえ、自由な出入りを許されているのはごく僅か。
ましてや真夜中のこの場所に好んで入る物好きなど皆無だ。
「待て」
今にも掴みかかりそうな勢いで居る男たちを、リーダー格の男が制した。
「どうも。」
雪がひらひらと舞う向こうに微笑む女、と、その背後に黒ずくめのがたいの良い男たちが数名。